自然農法のお話【前編】『奇跡の野菜方程式』を読んで

同じく自然農法に取り組まれている知り合いの方からおすすめいただいた本『奇跡の野菜方程式 / 橋本進著』です。
同意できる部分がかなり多かったので、こちらで紹介させていただくと同時に、自分のためのまとめを共有させていただきます。(長くなりそうなので、前編・後編の二回に分けます。)
以下、自分の印象に残った部分を引用しながら感想を添えていきます。
第1章 土と種
「土は肥料の塊」であり、「土は呼吸によって栄養を生み出すことができる」のです。
(中略)
肥料が土を邪魔する?
この疑問を解き明かすヒントは、土の中の微生物の働きと、もうひとつは「水」にあると私は考えます。
(中略)
植物に必要な無機質の栄養素はすべて土に存在します。すでに栄養素が十分ある以上、更に投入する必要はないはずです。ただし、この天然の栄養素は植物が摂取不可能な状態で、これを利用可能にするには、微生物の力が必要です。
(中略)
植物はこれらの微生物との共生関係の構築を、主導的に意志や知性をもって行っています。
(中略)
「純度が上がれば、土は力を発揮する」
「Pure is strong」
「土が機能的な水を作る」
(中略)
「害虫は土を浄化するためにやってくる益虫である」
「害虫は肥毒を食べに来る」
(中略)
「自然農法は時間を認める」
(中略)
「植物の種は、人間の魂にあたる」
(中略)
「種は人の想いによっても変化する」
「種にはすべての情報が入っている」
(中略)
「土や植物にも意思、感情がある」
実際に空き家だった古民家の庭を手入れしていて思うのは、水が通っていない土に生えてくる植物の種類は決まっていて、非常に荒れたオーラを出しています。「大地の再生」をヒントに、モルタルで固められた屋外の土間を剥がして穴を掘ったりしてみると、大概土の中がグライ化(窒息による腐敗)しています。
少し話が逸れますが、家に携わる者として感じるのは、古民家の床下のように土の状態であることが、いかに宇宙との関係で健全かがわかってきます。今現在一般化しているベタ基礎の下がどのようになっているか、また、その上で生活を送ることが、宇宙の視点からみると何かおかしなことに思えてきます。
話を戻しますが、そういった健全な土で育まれた植物の種は健康で、自然界(宇宙)と良い関係が築けていると考えます。(古民家も同じですね。)
第2章 更なる深みへ
自然農法のお野菜は六角形で、前菜から主食までが全部ひとつのお野菜で完結しています。(中略)自然農法のお野菜は細胞がとても緻密で、大根、人参、レタスとかお野菜の名前が違っても、すべてバランスの取れた同じ栄養体で、自分の体と同じもので出来ています。それは、余計なものを入れてないから、土がバランスを保っているイメージです。保たれないと出来てこない。土そのものの力が違います。
(中略)
「肥毒」というのは、「壊れた関係性」と言い換えることができるのかもしれない
(中略)
土を尊び土を愛することによって、土自体の性能は充分発揮されます。それには何よりも土を汚さず、より清浄にすることで、土に喜びの感情が湧き、活発となるのです。
(中略)
「地球的生起は宇宙の生起の照り返しである」
「宇宙の法則を正しく理解すれば、宇宙の力が強く働く」
(中略)
ドイツのルドルフ・シュタイナーは、宇宙と地球との関係を次のように言っています。
「地球上に存在するすべては、宇宙に生じていることの照り返しにすぎない。ということを考慮しなかったならば、植物の生を理解することはまったくできません。」
ここまでの内容は、お金を優先しすぎたために起こっている悲劇を説明してくれているように感じます。農業も建築も、大きくお金が動く方向に誘導されてきてしまい、上記のような根本的に生命が当たり前に持ち合わせている機能を最大限活かす生き方は、忘れられてきました。
しかし、ここに来てこの本が説明してくれているように、本質を実行しようとしている人たちが増えてきているように思います。その気づいた人たちの割合が逆転した時、地球でどんなことが起きるだろうと想像すると、とてもワクワクします。
後編へ続きます。
最後までご覧いただきありがとうございます。
それではまたお会いしましょう。
